賢者の七つ道具

DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負(第52回) by tonnbo_trumpet

 きっちりと埋め込まれた革紐のはしを、盗賊は短剣の先を操って器用に穿り出した。革紐は動物の皮を縫い合わせて円形に形作っている。一番芯になる部分には丸い板があり、その上に皮を貼って強度をあげたもの、皮の盾だった。
 盗賊のジャックはほじくりだした紐の先を丹念にほどき始めた。防具職人が、バトルの最中でも壊れないようにとぎっちり縫い上げたものなのでほどくのはチカラと勘と器用さが必要だった。ようやく皮の盾がパーツごとにばらばらになったとき、ジャックはにや、と笑った。
 そこはロマリアの下町にある宿屋の一部屋だった。ジャックが所属するパーティは勇者トリトをリーダーに遊び人のキングとクイーン、そしてジャックという変わった構成だった。いまは三人とも外出している。ジャックは一人で部屋に残るチャンスを逃したくなかった。
「これと、これがあればいいか。あとは武器と、当面いるものと……」
掌におさまる小ささの短剣、民家に忍び込むための七つ道具、錠前を開けるための繊細な器具一式、そして逃亡用資金になるゴールド。必要なものを皮の盾の内部へ収め、動いて音がしないように詰め物を入れ、そして皮のパーツを再び縫い合わせにかかった。
「とっくに逃げてる予定だったんだがな」
アリアハンのお尋ね者、盗賊ジャックはそうつぶやいた。オルテガの息子であるトリトのパーティにまぎれこんで、鎖国国家アリアハンからわざわざ高跳びしてきたのだ。
「おれとしたことが、ったく」
ロマリアへ出たらトリトから金目の物をかっさらってとっとと盗賊稼業へもどるつもりだった。まともなパーティメンバーではなかったし、自分はおまけでついていくだけと思っていた。だが、まだアリアハンとレーベの間をうろうろしていたころ、いや、ナジミの塔を上っている段階でジャックは気付いてしまった。こいつ、トリトとかいうガキ、おれがいなかったら死ぬんじゃねえか?なにせ、ジャック、トリト以外のメンバーは遊び人なのだから。ジャックが傍観しているとたった一人でモンスターを相手にしなければならない。ついつい見かねてジャックも手を出してしまったのが運の尽きだった。
「俺としたことがうっかり仏心だしたもんだから」
ここまでついてきてしまった。だが、もう、ロマリアなのだ。旅の扉は抜けた。俺は自由になっていいはずだ、とジャックは思った。
 旅立ちからこっち、トリトのレベルは上がってきている。あてにならない遊び人どものせいでちょっとすすむにもずいぶん戦闘をやった。おかげでゴールドもたまった。
 明日、勇者に代わってパーティの財産が入った袋を持ち運ぶ役をやろう。そしてどこかフィールドで人のいないあたりでエンカウントしたら、ジャックは一人で逃げ出そうと思っていた。トリトは子供だが、怪しまれないように逃走用の品物はいつも装備している皮の盾に隠しておけばいい。
「ずいぶん長くつきあったんだ、おつりが来るぜ」
皮の盾を縫い合わせてジャックはそうつぶやいた。
「本当にそうか?」
ジャックは反射的にとび下がり、部屋の壁に背をつけて身構えた。
「誰だ!」
「私は賢者だ。大賢者、ジャック」
「なんだと」
部屋の真ん中に、青いマント状の衣服を身に着け、サークレットを額に飾った男が姿を現した。
「私は、おまえだ、盗賊ジャック」
ものも言わずにジャックは賢者に向かって短剣をふるった。短剣は手ごたえなく空を切った。
「無駄だ。そして私はお前を攻撃する気はない」
相手が幻であることをジャックは理解した。
「何しに来やがった」
「忠告というところかな。トリトのパーティから逃げてはいけない」
「俺の勝手だ!」
「今逃げると後悔するぞ。自分でもわかっているだろう」
ジャックは言い返そうとしてできなかった。どうして自分が今までパーティに居残っていたのかは、自分が一番よく知っている。逃げたくなかったのだ。
「パーティに残れば面倒なことも多いだろう。理不尽だとも思うだろう。だが、最後に得るものは大きいのだ」
「うるせえな」
だが、その口調には勢いがなかった。
「俺はおさらばするって決めてたんだよ」
「ああ、そうだな。では、こうしてはどうだ。その皮の盾があれば、おまえはいつでも逃げられる。だがロマリア近郊でパーティから逃げてもすぐに捕まるぞ」
「くそっ」
ロマリア国王は本気かアホかわからない王様だったが、その分官僚はしっかりしている。
「トリトについていけ。そしておまえのことなど知らない遠い国で気に入った土地があったら逃げればいい」
ジャックはしばらく迷っていた。
「いい街があったら、本気で逃げるからな」
「それでもいい。今はおとなしくしていろ。今のお前にはこういえばいいか……、トリトはロマリア王の冠を取り返すぞ。それを王に返してやらなくてもいい、いつか売る気でもっていろ」
「なに」
ジャックの心が動いたのを、幻の賢者は見抜いたようだった。
「トリトから離れるな。そして、皮の盾は持っていろ。いいか、絶対だぞ」
そう言って、幻は消えてしまった。

 重い金属音が鳴り響き、牢の扉が閉まった。
「おまえらも運が悪いな!国王様に楯突くとは!」
あはははは、と声を立てて兵士たちが去っていく。牢に取り残されたパーティはその後姿をなすすべもなく見送った。
「ごめん、みんな。ぼくが単純すぎた」
鉄格子を両手でつかんで勇者トリトが言葉を絞り出した。
 サマンオサ城下町でパーティは葬式にでくわしていた。町の中は王に対する怨嗟でいっぱいだった。なんでこんなことを。昔の王様じゃない。ひどい、ひどい。誰か助けて。たまらずにトリトはパーティを引き連れ、サマンオサ王に面会を申し出たのだった。が、王は勇者の名乗りにも何の反応も見せず、いきなり兵士たちに命じてトリト一行を投獄した。
「せいぜい暴れてやればよかったな」
とキングが言った。遊び人上がりだが、現在、賢者としてのレベルはかなり高くなっている。攻撃呪文もかなり覚えていた。
「できないよ、人間相手に」
と、トリトが言った。
「まあ、油断したね。最後の鍵を持ってるから絶対逃げられるって思ってたのにぃ」
女遊び人だった女賢者クイーンが頭を振った。
「やっぱり取られた?」
「根こそぎ」
さきほどの兵士たちは、トリトがパーティに自制させたのを見て好き放題やってくれた。ゴールド袋と装備品は真っ先に取り上げられた。荷物も派手にぶちまけて少しでも売れそうなものは着服していた。そして鍵の類はすべて取り上げてしまった。
「そうでもねえよ」
三人目の賢者、ジャックが答えた。ジャックは盗賊上がりである。アリアハンからずっとトリトについてきて、ダーマ神殿では賢者の書をもって賢者に転職していた。
「それ、貸せよ」
値打ちものを全部取り上げてすかすかになった袋を兵士たちは牢へ放り出していったのだった。それを引き寄せてジャックは中から古い皮の盾を取り出した。
「なに、それ?ジャックが最初に装備してた皮の盾じゃない?」
不思議そうにトリトが言った。
「こんなもん、あいつらにはゴミに見えるんだろう」
だから手元にもどった。ふふふ、とジャックが笑った。皮の盾をひっくり返し、ジャックだけが知っている革紐の結び目を指で探り当て、次々と解き始めた。ばらばらになった皮のパーツの中から脱獄用の道具が転がり出た。細い糸ノコ、やすり、蝋を塗った丈夫な紐、開錠用の針金。すべてあのロマリアの宿屋で仕込んでおいたものだった。
 あんたの言うとおりだったよ、と幻の大賢者、すなわち自分に対してジャックは心中話しかけた。あのとき逃げたらおれはただの盗賊のままだったろう。今の俺は、大事なものを得た。
「よし、俺の腕を見せてやるよ」
「よっ、大親分!」
遊び人上がりの賢者二人がおだてる中、元盗賊の賢者は自分の大事なもの、自分の仲間を助けるために不敵な笑みを浮かべて錠前に立ち向かった。