元気の出る魔法

 グランバニア城の敷地内にあるサンチョの家に、その日国王一家が集まっていた。
 部屋の奥に大きな暖炉があり、そばに薪が積まれている。暖炉の前は暖かそうな敷物をのべて、大きめのテーブルを置いている。
 テーブルの周りにはサンチョ、サンチョの「坊ちゃん」ことアベルが並んで座っていた。
 暖炉の前に立っているのは、アベルとフローラ夫妻の息子、フロリオだった。姿勢を正すとフロリオは、グランバニアの古い詩を暗唱し始めた。
「春の風は雪を溶かし、草の芽を呼び起こす。ひばりよ歌え、春の訪れを……」
 暗唱が終わると、サンチョは拍手をしてほめあげた。
「よくおできになった。フロリオさま、このちょうしなら、明日も大丈夫ですよ!」
 内気なフロリオは、うれしそうにうなずいた。
「ありがとう、サンチョさん。ぼく、がんばるよ」
 アベルは黙って立ち、大きな手をそっとフロリオの頭にのせた。
「父さんも、ありがとう。明日あがらないといいな」
 フロリオ王子と双子のローズ王女は、明日、両親や親戚、家庭教師たち、来賓の前で学業の発表会をすることになっている。学校には行かず家庭教師について学ぶのが王家のならわしであり、発表会は学習の区切りだった。
「ローリは、いいわよ。暗唱得意なんだから」
とローズがぼやいた。
「あたし、できるかなぁ」
ローズは優秀な魔法使いであり、伯母デボラ譲りの性格だった。文系のローリに対し、ローズはむしろ理系である。
「ローズさまは、明日は何を?」
一家がサンチョの家に集まっているのは、秘密のリハーサルのためだった。
「あたし、暗記は苦手だから、自作の詩をね、みんなの前でね……あ~もう、ダメかも。ちょっと恥ずかし……」
「さあさあ、リハーサルは度胸をつけるのが目的ですよ。やってみましょうよ」
 ローズはしぶしぶ、暖炉の前に移動した。
「『元気の出る魔法』」
サンチョ、アベル、そしてフロリオの三人が拍手をおくった。
 そのとき、サンチョの家の厨房からひょいとフローラがのぞきこんだ。アベルは片手で手招きした。フローラはいそいそとやってきて、いすのひとつに座りこんだ。
 ローズはせきばらいして、始めた。
「『元気の出る魔法なんて、本当はありません。
でも、お母さんには、それができます。
いい匂いのする、すてきな魔法です。
お鍋いっぱいの明るい茶色の魔法に、
ボウルいっぱいの真っ白なクリームをまぜて
きれいな色のマカロンにはさみます。
それがお母さんの魔法、元気の出る魔法、
名前はチョコレートです』」
熱心な拍手に、サンチョの感激の声が重なった。
「いい、いい、すばらしいっ!」
 真っ赤になったローズが小走りにやって来てフローラに飛びついた。
「ローズ、上手だったわ」
そう言ってぎゅ、と抱きしめた。おかあさん、と、腕の中でローズがつぶやいた。
「賢くて可愛い、大事なローズ。あなたが大好きよ」
まだ赤いほっぺたで、ローズはえへっと笑った。サンチョが声をかけた。
「ローズさま、一休みいたしましょう。ほら、元気の出る魔法が来ましたよ」
 厨房からアベルが、大きなトレイいっぱいに並んだ、色とりどりのマカロンをもちこんできた。さきほどまでフローラが、サンチョのキッチンで作っていたものだった。
「さあ、どうぞ」
 ピンク色のマカロンをつまんでローズに渡す。
「ローリもどうぞ」
 ローリのは空色だった。
 美味しそうにマカロンを食べる双子を愛し気に眺め、フローラはもうひとつ、藤色のマカロンを手にして、振り向いた。
「これはアベルさんに」
と言い終わる前に、アベルはフローラの指ごと、ぱくんとマカロンをほうばってしまった。
 あらまあ、とフローラはただ笑っている。リハーサルの夜は、甘い香りと優しい気持ちに満ちていた。

了(2026年2月6日#フローラの日のために)