選挙参謀ヘンリー

 選挙参謀は、自分が集めた立候補者を見回して宣言した。
「選挙対策会議、始めるぞ。次年度の生徒会役員は、おれらで決める。ランスたちには渡さない。いいな?」
 そこは、学園高等部の学生食堂の片隅だった。歴史ある私立男子校ベルゲングリューン学園は、時代のついた美しい校舎を丁寧に使っていた。学生食堂とは言え高い天井の優雅な建物で、窓にはそれぞれ紋章入りのステンドグラスが飾られていた。
 生徒たちは紙コップ入りの紅茶を片手にテーブルの周りに集まり、熱心に選挙対策をしていた。
「一週間後に生徒会長立候補者の公示がある。こいつが会長候補のリュカス。ちなみにおれはヘンリー、副会長候補兼選挙参謀だ」
 正副会長に書記、会計、会計監査。五人ひと組で選挙戦を戦うことになる。
「公示から二週間で投票だ。選挙期間中に体育館で演説会が行われる。そのときにランス陣営にぐっと差を付けておきたい」
とヘンリーは言った。
「これからやることは公示直後から使うスローガンを決めることだ。スローガンは、リュカスの公約を簡潔にアピールできるのが条件。演説会のスピーチは公約を説明する感じになる。横断幕つくりたいな。スローガンを大きく書いて、体育館の後ろに張り出すんだ」
 いいな、といくつかの顔が賛同した。
「じゃ、自己紹介がてら、プランを言ってみてくれ」
 背の高い男子生徒が手を挙げた。
「おれ、ピピン。役員候補だけど、サッカー部と掛け持ちってことで」
 リュカは笑顔を向けた。
「引き受けてくれてありがとう。書記を頼むね」
「おれ、あんまり頭良くないけどリュカには世話になってるから、がんばるよ」
「世話なんて、したかい?」
 ピピンはにっと笑った。
「いつだかの外出日、町で万引きと間違われたとき、助けに入ってくれたの忘れた?あんときはありがとう!」
 裏表のなさそうな顔、でかい声の、見るからに脳筋系の生徒だった。
「アンデレ、アンディでいい」
 隣にいた、物静かな生徒がそう言った。
「リュカ、君とはそりがあわないと感じたこともあったけど、人柄は信頼している。少なくともランスよりよっぽどましだ。できることは協力するよ」
「君の信頼はむだにしないよ。会計をお願いします」
「了解した」
 アンディは静かにほほえんだ。
「ただ、音楽部のクリスマス演奏会の当日とその直前は役員会には参加しにくいかもしれない」
「そのときはみんなでフォローするから。演奏会って、去年もやってたね。フルートだっけ」
 そうだよ、とアンディは言った。
「去年、君たちがうるさいのをつまみだしてくれたおかげでちゃんと演奏できた。感謝してる」
「そんなこと、あったっけ」
 照れたような笑顔でリュカは笑った。
「スローガンのことだけど」
 その場にいた最後の生徒が言った。
「"信頼できるリーダーを"なんてどうかな」
「僕のことですか?」
「ああ。ぼくはヨシュアだ。当選したら会計監査をやる」
と彼は言った。少し大人びた感じの生徒だった。
「リュカは転校してきて以来、学園のあちこちで陰徳を積んでるんだ。ランスがあちこちで恨みを買っているのと対照的にね」
「リュカが対立候補に立つだけで、かなりの票が見込めると思う」
「女子票はないから、もうちっと不細工な方がよかったけどねっ」
 え?あ、あはは、と意味不明な音を漏らしてリュカは照れまくり、ちらっとヘンリーの方を見た。
 さきほどからヘンリーは腕を胸の前で組んで何か考え込んでいた。
「どうしたらいいかな?」
ぽつりとヘンリーは言った。
「おまえ、あちこちで人気あるんだな」
「あったりまえっすよー」
 軽くピピンが言った。
「だから会長にしようと思ったんでしょ?」
「まあな」
とヘンリーは言った。
「"信頼できるリーダーを"、は悪くないが、もうちっとインパクトが欲しい」
「"リュカは君を裏切らない"」
「裏切り前提か?」
「"会計は公正に、企画は大胆に"」
「企画って何をやる気だ」
「"モンスターに愛を"」
「なんだそれ」
 役員候補たちが口々にしゃべり出した。いつも場を仕切るヘンリーが、妙にむすっとしていることにリュカは気づいた。
「ヘンリー?」
 あ?とつぶやいてヘンリーは顔を上げた。
「ま、適当にスローガン選べ。あとはアンディかヨシュアにスピーチ原稿書いてもらえよ」
「スピーチ原稿はヘンリーに頼みたいな」
 ヘンリーは片手を振った。
「おまえ、もてもてじゃないか」
「でも、僕は君がいい」
とリュカは言った。
「だって、一番ぼくをわかってるから」
 珍しいことにヘンリーが言葉に詰まった。そのままぽっと赤くなった。その顔を隠すように、さっと横を向いた。
「ちっ、しょうがねえな!おれも忙しいんだぞ」
「だよね。でも、頼むよ」
 ヨシュアがちらっと見て、新しいスローガンを提案した。
「"猛獣使いリュカス"は?」
「学園一の問題児をてなずけた実績は評価したいよね」
とアンディが言った。
「おまえら、うるせぇ!」
 ヨシュアたちに向かってヘンリーが騒いだ。が、不思議とうれしそうだとリュカは思った。

了(2025年9月27日「#DQ5祝33周年」のために)