ダイの大冒険二次・捏造魔界編 第六話 岩堀の里

 島の中央にある山は灰白色の岩石でできていた。山はなかなか険しく、山道は途中から岩をくりぬいたトンネルになっていた。トンネルは途切れながらも延々と続き、その先にようやくひらけた土地があった。そこも岩がちで、あたりはコケていどの植物しか生えず、鳥も獣も見られなかった。
 土地の中央にあるのは石造りの立派な倉庫だった。小さなボロ家が倉庫を守るように取り囲んでいた。
「本当にそいつら来るんだろうな」
 この集落の村長に当たる男が、うさんくさげに尋ねた。
「来るぞ、必ず。俺が言ったのより遅いのは、地上もんだから魔界に慣れていないからだろうよ」
とリカントのラノは答えた。
「地上もんなら、ただの人間だろう?怒鳴りつけて追い返せばいいだけだ」
「あいつらは口が達者なんだ。あんたらを言いくるめて宝物を取り上げる気だ」
 村の真ん中にある大きな倉庫には、村人の大切にしている宝が保管されていた。
 この村の者たちは、よそ者にその宝を少しずつ渡し、代わりに食料や燃料を手に入れて生きている。命の次に大事というわけだった。
「やつらが来たら、俺の言うとおりにしてよかったと思うはずだよ、あんた」
「『あんた』?」
「ああ、いや、村長さん」
 鼻を鳴らして村長は行ってしまった。
「けっ、岩堀りのくせに」
とラノはつぶやいた。
 村の住人は魔族の亜種だった。鉱石を掘り出し製錬する技術を持った者たちで、魔界で生きるうちにもぐら系モンスターと血を混じり合わせたといううわさがある。
 魔界の頂点に立つ魔族たち、あの一見エルフのように容姿の整った背の高い種族とは異なり、岩堀族は毛深く、手が大きく、小柄だが体はがっちりしている。視力の弱い者が多かったり、そのせいで目をすがめるような表情をしたりするのも、どこかもぐらめいていた。
 ただし、鉱石を掘り出す特殊技能があるために、岩堀の自尊心は本物の魔族と同じくらい高かった。
 現在、ほとんどの鉱山は黒い海の水面下にある。岩堀りたちは海を避けて山の上で暮らしているが、鉱石を掘り出せない現状がおもしろくないらしかった。おかげで村長以下村人はどれもたいへんに不機嫌だった。
「動けるもんは、集まれ!」
 岩堀の男女が巨大なスコップや木槌をもって、わらわらと村の門の前に出てきた。
「地上もんがこの村へ宝を横取りに来る。少なくともそのリカントがそう言っとる」
 岩堀族の宝とは、魔界の奥深くから掘り出した貴重な鉱石とそのインゴットのことだった。貴金属、宝石、そして強力な武器防具の材料になる鉱石や魔力を吸収する特殊な水晶なども含まれていた。
 ラノにしてみれば結局それは石であり、あっても別に腹がふくれることもない、つまらないモノだったが、岩堀たちは血相を変えた。ふざけるなっ、追い返してやるっといった声が飛び交った。
「いいか、村の前を木組みと土嚢でふさぐぞ。よそ者なんぞ、村へ入れるものか。さあ、やるぞ!」
 村長が言うと、岩堀たちはおう!といせいよく応じた。
 彼らはそういう仕事に向いているらしく、あっという間に入り口をふさぐ作業は終わった。
「村長、俺が頼んだアレはどうなった?」
 じろ、とにらみつけてから村長は片手を山道のほうへ向かって振った。
「あのトンネルが全部アレだ」
「ああ、そんならいいんだ。いや、やつらのなかに魔法使いがいるんでな」
 ふん、とつぶやいて村長は土嚢積みのほうへせかせかと歩いて行った。ラノは肩をすくめた。
「まあ、いいさ。念のためだ」
 ラノはそう言って、左手で右肩を抑えた。先日ぬすっとうさぎの集落を襲った時、地上から来た三人組、特にその中のマァムという女と立ち会って、ラノの右腕は動かなくなっていた。
「この恨み晴らしてやるぜ。うさぎどものいたところから山越えするなら、この村を通るしかねえんだ。さっさと来やがれ!」
 その声が聞こえたかのように、トンネルの出口に旅人が姿を現した。緑の法衣の魔法使いポップ、ピンクの武闘着の女マァム、紫の服に杖とマントの旅人ヒュンケル。地上から来た三人にまちがいなかった。
 ヒュンケルの足取りがおかしいことにラノは気づいた。ねんざでもしたのか、杖にすがり、片足をかばいながらゆっくり進んでいた。
「おい、村があるぜ?」
 ポップが能天気にそう言った。
「宿を借りられねえかな」
 ヒュンケルはこちらを見て、眉根をよせた。
「いや、それほど友好的な村ではない」
「なんでわかんだよ?」
「見ろ。旅人を歓迎するというなら、あれはない」
 岩堀たちは土嚢で村の入り口をふさぎ、その前に丸太を組んで作ったバリケードを並べていた。
 バリケードの前には屈強な岩堀族が木槌やスコップを手に立ちはだかっている。岩堀たちは手にした得物をかまえ、口々におどした。
「出て行け」
「何しに来た!」
 ポップが指でかるく頭をかいた。
「たいしたおもてなしだな。おれたちは人を探す旅の途中なんだ。何も悪いことはやってねえよ?」
「誰が信じるか!」
と村長は吐き捨てた。
「地上の生き物がこの魔界で何をしている?神々に守られて地上でぬくぬくと生きてきた者たちが、こんな土地までやってくるとは。何か目当てがあるに違いない。わしら岩堀族の宝は岩堀族のものだ。手出しさせんぞ」
「わかんねえやつだなぁ!」
 ヒュンケルはポップの顔の前に片手を出してそれ以上言わせなかった。
「その通り、おまえたちの宝はおまえたちのものだ。そしてオレたちはオレたちの宝を追いかけている」
そう静かに告げた。
 村長は何か言いかけて、一度口を閉じた。
「おまえたちの宝とは、何だ?」
「人間の若者だ」
そう言って、ポップを見た。
「ダイは、ええと、十七か。でもあいつのことだから、まだ十二歳くらいに見えるかもしれねえ」
 あの、とマァムが声をかけた。
「五年ぐらい前に人間の男の子が行方不明になりました。その子は魔界へ来たはずなんですが、そんな子を見たことはありませんか」
 岩堀たちはざわめいた。
「見たことない」
 つるはしを肩に担いだ岩堀族の女がそう答えた。
「近頃は、魔界のほとんどは海の底だよ。みんな島に暮らしてるのさ。少なくともこの島じゃ、人間の子供がいたなんて話は知らないよ」
「そうですか」
 マァムはちょっとうなだれた。
「やっぱり別の島へ行かなきゃ」
「だよな」
とポップが応じた。
「あの山の向こうに橋があるんだろ?おれたちはそこへ行きたい。それだけだ。なあ、通っていいだろ?」
 村長は迷っているようだった。
「提案がある」
とヒュンケルが言った。
「武器を、いったん預けよう。我々の腕も縛ってくれてかまわない。目隠しも受け入れる。そちらの先導で歩き、よけいなことはいっさいしない」
 ざわめきが大きくなった。
「こいつら、ほんとに?」
「思ったのとちがうな」
「いっそ、早く行かせた方がいいかも」
 風向きが変わりそうになっていた。土嚢の陰で見ていたラノは、あわててその場へ飛び出した。
「そいつは嘘つきだ!」
 その場の視線が一斉にラノに集中した。
「その女は武闘家だ。武器なしでも十分凶悪だぜ。こいつらはあんたらを言いくるめて、宝の倉庫に近づく気だぞ!」
 ちょっと!とマァムは気色ばんだ。ポップが渋い顔になった。
「おい、おまえ、マァムに命を助けられたリカントだよな?……ええと、なんて名前だっけ?」
 ポップが聞くと小声でマァムが言った。
「たしか、ハイン・モイ・ラノ」
「はいもい……めんどくせえ、ハモでいいや。おい、ハモ」
「てきとうに略すんじゃねえっ」
「おまえ、なんでおれらにからむんだ?」
「てめぇらが、気にいらねえ」
「それだけかよ、バカバカしい」
「バカバカしいだと?おまえらが先に俺の邪魔をして、俺と仲間をおもいっきり見下したじゃねえか!おかげで仲間たちはちりじりになっちまった」
 ポップはきょとんとした。
「別に見下してねえよ。それにマァムに負けたからって、なんで仲間がばらばらになるんだ?」
 こいつは本物のバカか?とラノは思った。
「当たり前だろう!誰が弱い奴とつるむかよ」
 マァムが声をかけた。
「ぬすっとうさぎたちも言ってた、上か下かだけだって。でも、弱い者どうしで身を寄せ合うってことが、できないかしら」
「虫唾が走るぜ!」
そう吐き捨てた瞬間、マァムの表情が変わった。
「なんだよ、ねえちゃん。またやろうってのか?いいか、今度はこっちが有利なんだぞ、周りを見てみろ」
 岩堀族はラノたちを遠巻きにしていた。
「いいこと思いついたぜ」
 ラノはいい気分だった。
「おまえら誰かひとり、土下座しろ。どうしてもこの道を通りたいんだろ?できるよなあ?」
 澄ましかえったいい子ヅラがくやしさでゆがむのを見たい。ラノはわくわくしていた。
 マァムが手を握り締めた。
「どうして……!?」
 言いかけるのをポップが止めた。
「おれがやる」
 ポップ、とヒュンケルが声をかけた。ポップは腕を広げ、肩をすくめてみせた。
「好きな女の子に土下座なんてさせられるかよ」
とポップは答えた。
「それにおめえは足くじいてるじゃねえか。回復しようにもここらじゃ魔力には限りがあるし薬草が品切れなんだし、おとなしくしててくれよ」
 余裕のある顔で仲間に二指の敬礼をしてみせると、ポップはヘラヘラした顔で近づいてきた。
「お調子もんの魔法使い!おまえにできるのか?!」
「できるさ」
 そのまま、ためらいなく膝をおり、地べたに正座した。そこは岩がちな山道の途中で頭上にはまだトンネルがある。ポップの座っているところはごつごつした岩だった。
 ラノはぽかんとしていた。
――本気のはずがない。そんなこと人前でできるはずがない!
「おれのプライドは誰にも見下されないことなんかじゃない。ダイを無事に地上へ連れて帰ることだ」
 両手の平を目の前についた。
――土下座するってのに、どうしてそんなにまっすぐに俺を見るんだよ。
 ぐっと顔を上げ、ポップは明瞭に言った。
「最高の友だちが、道の向こうでおれを待ってる」
――どうしてそこまで、友だちってやつを信じられんだよ。
「ここを通してください。お願いします」
 そのまま、額が岩につくまで頭をさげた。
――なんでこいつは、ここまでやれるんだ?
 ラノには理解できなかった。
 怖かった。
 ポップの見ている世界はラノの世界とはまったくの別物で、見上げるほど巨大で強固な何かだ、ということだけはわかった。
「地上のガキ」
 岩堀族たちがやってきた。
「おまえらの覚悟はわかった」
「本当に宝に手出ししねえな?」
 ラノにもわかった。ラノの感じた何かが、岩堀族をも動かしたようだった。
「さきほどの提案を呑もう」
 村長がヒュンケルにそう言った。
「武器と荷物を預かる。腕は拘束する。女もだ」
 村の入り口を遮っていた土嚢その他を、岩堀たちは手際よく片づけ始めた。
「よし、通れ。おまえもだ、魔法使い」
「ありがてぇ」
 ポップがそちらへ行こうとしたとき、ラノはその目の前に飛び込んで動く方の前足をふりおろした。ポップは紙一重で避けて飛び下がった。
「何すんだ、あぶねえじゃねえか」
「俺と勝負しろ!」
「なんでわざわざ」
と言いかけるのを遮ってラノは大声を上げた。
「てめぇキモいんだよ!」
 実は背中の獣毛が逆立っている。ラノはさきほどの恐怖を全身で振り切りたかった。が、リカントの語彙では“キモい”以上の表現は見つからなかった。
「最初っから気に食わなかったんだ!オレの手でボコボコにしてやんなきゃ気がすまねぇ!」
 ポップはうんざりした顔になった。
「つくづくしつこいワン公だな。このあいだの魔力切れは一晩休んで回復してるぞ?距離を取って火炎呪文撃ち続ければおれの勝ちだ」
「リカントは狼だっ!」
そう叫んでから、ラノはにやにやした。
「やってみろや。魔力はあるようだが、それが仇になるぜ」
「はぁ?」
 ラノは両手を広げた。
「この村が何なのかわかってるか?岩堀の村なんだよ。おまえの周りにあるトンネルは、ある石材で出来てんだ」
 ポップは、警戒の表情でうすく目を細めた。
「ハモのくせに頭使ったってわけか。正体は?」
「『かがみ石』。ミラー系、リフレクト系防具の材料だ。つまり」
「呪文返しか!」
 ラノは大口を開けて笑った。
「魔法使いの天敵だぁ!思った通り、見ものだなあ、てめぇのツラ!」
 ポップ、と背後から呼ぶ声がした。
「相手にすることないわっ!」
 あの武闘家の女、マァムがこちらへ走ってこようとしていた。
「これは決闘だ!岩堀ども、その女をこっちへ出すな!」
 魔界での決闘は、第三者は基本的に加勢することはできない。岩堀たちがざわめいた。
「ふざけないでよ!魔法なしで戦ったら、あんたが一方的に有利じゃないの!」
「そいつはどうかな?」
 のんきな声がそう答えた。
「ポップ?」
 ポップは十指を組んで腕を伸ばし、ストレッチをしていた。
「決闘っつったな?受けて立つぜ。でもおれが勝ったら、これ以上つきまとうなよ?」
 ラノはせせら笑った。
「喉笛かっ切られてもそうやってヘラヘラしてられるか?」
「やってみなけりゃわからねえ」
と言って、ふりむいた。
「ちょっとだけ待っててくれ。こいつ、今たたんじまうからさ」
「でも!」
 言いかけたマァムを、ヒュンケルがおさえた。
「あいつを信じてやれ、マァム」
「ヒュンケル?」
「今のおまえに必要なのは、ポップが実際に助けを求めるまで待つことだ」
 迷ったようにマァムはヒュンケルとポップを見比べた。
「ポップが地上でどんな準備をしてきたか、知っているはずだ」
 へへっとポップが笑った。
「たまにはいいこと言うじゃねえか。安心しなマァム、たしかにかがみ石で囲まれちゃあ、呪文を放つには不利だ。けど、魔法力だけはおれの中にある、たっぷりとな」
「使えない魔力がある?それがどうした?」
 傲然とラノは言った。
 ポップは服のサッシュにはさんだ何かを抜き出した。それは一見、黒い棒のように見えた。両端に銀色のパーツが取り付けられ、パーツの中央にひとつずつ魔石があった。
「なんだそりゃ。おもちゃか?」
 左の前足を高く掲げ、ラノは凶悪な爪を見せびらかした。これだけでへっぴりごしになる敵も多い。が、ポップは平気な顔をしていた。
「ブラックロッド・改。もらいものを自慢するのもなんだが、おれの武器だ。こいつの特徴は持ち主の意志で形を変えること」
そう言った途端にブラックロッドが伸びて、身長の三分の二ほどの長さになった。
「そしてもうひとつ、持ち主の魔力を打撃力に変換すること」
 ちょうどいい長さになった武器の先端を片手のひらでおおってラノに向け、もう片方の手は下の方を握る。そのまま半身を引いて、ラノと対峙した。どこかビリヤードのプレイヤーのような気取った、ある意味キザなしぐさだった。
「ごちゃごちゃうるせぇっ、先手必勝!」
 リカントの武器は爪と牙だけではない。強靭な後ろ足で人間には思いもよらない距離を跳躍できるのだ。間合いがあると思って安心している敵をラノは何度も急襲してきた。
 助走数歩からラノは跳んだ。空中で爪をむき出した瞬間、びしりと額をたたかれてラノは墜落した。
「なんだ、今のは」
 ポップは地上に、自分は空中にいたはず。どこから攻撃が来たのか、ラノにはわからなかった。
「言ったろ?」
 ポップはにやにやしていた。
「おれの杖は伸びるんだよ」
 ポップのブラックロッドの先端は、するすると縮んでいくところだった。
「きさま、よくも!」
 ロッドの先端を抑えておいて反対側の端を縦にすばやく回転させ、上からラノにぶちあてたらしかった。
「二度目はねえっ」
 上下移動を狙われるなら、水平にダッシュするのみ。ラノは地を蹴った。
 ポップは足を開いて身を沈め、突きの体勢でブラックロッドをかまえた。
 衝撃は胸へ来た。一瞬で伸びたロッドが、強く胸部を突いたようだった。ラノは胸をおさえてのたうちまわった。
「次それやったら、喉をねらうぜ?」
 ラノは歯嚙みをした。実際、ポップにはそれができるとラノにはわかった。つまり、情をかけられたのだった。
「ちくしょう、ちくしょう!」
 ラノは跳び上がった。
――接近戦へ持ち込んでやる。
 爪とロッドで打ち合えば、リカントがヒトに、しかも非力な魔法使いに負けるわけはない。足にものを言わせてラノは一気に間合いをつめた。
 距離があるからポップは対処できたのだ。ぴったり張り付けば、リーチの有利はなくなる。
「ガァッ!」
 伸ばした前足を横殴りにされ、痛みのあまりラノはわめいた。もう片方の前足で痛むところを抱え、天を仰いでラノは吠えた。
「んなことやってるヒマがあんのか?」
 呆れたようなひと言とともに、足を払われてラノは転倒した。このまま上から顔面を突かれたら死ぬ。ラノは脚力に物を言わせて飛び起きた。
「てめぇ、ぶっ殺す!」
 怒りに乗じてラノはめちゃくちゃに前足の爪を振り回した。
「よっ、はっ、あらよっと」
 ポップは余裕で攻撃を迎えた。余裕がありすぎてやはりキザったらしかった。
「ハァッ、ハァッ」
 ラノは混乱していた。とにかく、自分の爪の軌道上にポップをとらえられない。ひらりと体をかわしてされてしまう。
「よくも、よくもっ」
 眼が血走る。耳鳴りがする。なにより、全身がロッドに殴られて打撲傷だらけだった。
 冷静にヒュンケルが声をかけた。
「潮時だ、ポップ」
 よしっ、とうなずき、ポップは少し下がってロッドを構えた。
「アバン流杖殺法!なんてな」
 ラノはポップを追った。間合いを取られて不利になるのは自分の方だった。
「魔界入りの前にアバン先生に杖術の稽古をつけてもらったんだけど、できるようになったのは基本技だけなんだ。けど、おれの魔法力を変換して食わせてやるよ。素人に毛が生えたていどなんで、手加減できねえ。恨むなよ?」
 そう宣言して、なかば目を閉じた。
――なめやがって!
 ブラックロッドの中央、黒い持ち手の部分が薄く発光していた。薄暗い魔界の山腹、重く垂れこめた雲の下、それはほの白く輝いて見えた。
「こんなもんか」
 ロッドの下部を両手で握り、ポップは握った手を耳の高さまであげた。胸から下は襲ってくださいとばかりにガラ空きになっている。ラノは突っ込んだ。
 ポップの足が一歩踏み込んだ。気が付くと、ロッドの先端がラノの目の前にあった。
 次の瞬間、すさまじいスィングが顔面に来た。首をもぎ取るような勢いを受けて、ラノの足が浮いた。あらがうこともできずにラノは吹っ飛んだ。後頭部、背中、腰が岩肌にたたきつけられた。

 からんできたリカントは、ブラックロッドの一撃を浴びて地べたに転がった。
「ありゃ、やりすぎたかな。大丈夫か?」
 元の長さに戻したブラックロッドを肩に担ぎ、片手を目の上にかざしてポップはぶっとんだリカントを眺めていた。
「呻いているところを見ると、死んだわけではなさそうだ」
と、ヒュンケルは答えた。
「ちょこっと魔力を変換しただけなんだけどな」
 心外だという顔をしているポップの肩を、ヒュンケルはかるくたたいた。
「おまえの『ちょこっと』は相当なものなのだ」
 横からマァムがのぞきこんだ。
「アバン先生との練習の成果ね。すごいじゃない」
 ポップはへへっと笑った。
「先生から魔界へ行くなら杖術を身につけなさいと言われたときは驚いたけど、やっといてよかった。あいつもこれでつきまとうのやめるだろ。さ、行こうぜ」
そう言って歩きかけて、ポップの足が止まった。村の住人たちが、かたまってこちらを見ていた。
「やつらのようすが妙だ」
 岩堀族は、最初に会った時の敵意むき出しではなかった。むしろ、興味津々とこちらをながめている。先頭にいる村長らしい屈強な岩堀族の男が、まるで憧れてでもいるかのように、眼をきらきらさせていた。
「お、そ、その、得物、どこで手に入れた!?」
 ポップはきょろきょろしてから、ようやく自分が聞かれているのだと納得した。
「ブラックロッドのことなら、ひとにもらったんだ。一回壊れたのを、直してもらってまた使って」
 最後まで言わせずに村長が詰め寄った。
「誰だ、誰にもらった!」
 余りの勢いにポップが後ずさりした。村長の後ろから、この村の全人口ではないかと思われる人数が詰めかけていた。
「ロン・ベルク」
 いきなり村全体が制止した。
「おまえたちが聞きたいのは、製作者の名前だろう。こいつが持っているのは魔界の名工ロン・ベルク作の杖、ブラックロッド・改だ」
とヒュンケルは答えた。
 村長はブラックロッドから目を上げた。
「ロン・ベルク殿は、生きていたのか?!」
「今、地上にいる」
「鍛冶は!鍛冶をしておられるのか?!」
「ロン・ベルクは先の大魔王戦に参加して腕に重傷を負った。今は地上で人間の弟子を指導している」
 岩堀族たちは顔を見合わせた。
「魔界に戻ることはないのか?」
 ヒュンケルは首を振った。
「それは、本人でないとわからん」
 しゅん、と岩堀族はうなだれた。
「それでも、希望ができた」
と村長は言った。
「大事な鉱山は黒い海の底になり、武具を鍛える魔族は去った、と思っていた。だが、ロン・ベルク殿はまだ生きておいでだ」
 う、うう、と泣く声が起こった。
「皆の衆、自暴自棄になるのはまだ早い。鉱石を守り、もう少しこらえてみよう、なあ?」
 ドワーフめいた容貌のがっちりした魔族たちが、顔をゆがめ子供のように声を上げ、恥も外聞もなく泣いていた。
 おずおずとポップは声をかけた。
「あ~、あのう、おれら、七日に一回は地上へ戻ることになってんだ。その時にロン・ベルク……殿に、あんたらが魔界で待ってるって言ってみるぜ」
「本当か!」
 すぐに岩堀族がとびついた。
「おまえ、いや、あなたは直接ロン・ベルク殿にお目にかかれるのか?!」
「あの人今おれの実家の近くに住んでるからさ」
 村長はじめ岩堀族たちがポップを取り巻いて一斉にしゃべり始めた。
 悲鳴を上げるポップを眺めて、マァムが言った。
「ロン・ベルクさんて、えらい人だったのね」
「刀鍛冶としても剣士としても、大魔王バーンが召し抱えたいと申し出たほどだからな」
そう答えてヒュンケルは、ポップを助け出すために人ごみに近づいて行った。
「ま、待ちやがれ……」
 蚊の鳴くような声がした。あのリカントが、ぼろぼろながらも自力で立ち上がっていた。
 マァムはため息をついた。
「もうやめましょう。あなたはポップに負けたの。これ以上つきまとわないって約束よね?」
「うるせぇっ」
 本人は威嚇のつもりらしいが、哀れをもよおすような姿だった。
「こんなマネしやがって、あとで後悔するなよ?」
 岩堀族に取り巻かれていたポップがふりむいた。
「何ができるってンだよ、そんなんなっちまって?」
 リカントは血走った目でにらみつけた。
「お、おれがやられたら、兄貴が黙ってねえからなっ」
 ポップはあからさまに肩をすくめて首を振った。
「情けねえなあ。そりゃ、てめえ一人じゃ何もできねぇってことじゃねえか」
 ぐぎぐぎ、と歯茎を鳴らしてリカントがうめいた。
「おれには魔界で一二の怖ぇ兄貴がついてんだ!おまえらなんか、おまえらなんか」
 すい、とマァムが近寄った。リカントはびくっとした。
「じっとしてて。今回復呪文をかけるわ」
 美しい緑の輝きが生まれ、リカントの体表を覆った。
「……虫唾が走るんでしょ?いい子ぶってるって思ってるのね。それでもいい。魔界でも私は自分の道を貫いてみせるわ。さあ、これで右腕も動くはずよ」
 おそるおそる前足を動かして、リカントはつぶやいた。
「わからねえ。おまえら、キモい」
 ポップが顔をしかめた。
「いちいちキモいとか言うなよ。マァムは、おめぇが何をするにしても自力でできるようにって回復してくれたんだ。それとな、おれにだって兄貴分はいるんだからな。覚えとけ」
「地上から来たくせに」
「来たさ。おれ、マァム、それから兄弟子のヒュンケルの三人で」
 思わずヒュンケルは目をぱちくりした。ポップから“おめぇ”以外の呼び方をされたのは初めてかもしれなかった。
「はぁ?あいつ、ずっと杖にすがってて戦ってねえじゃねえか」
「やつが強いの、知らねえだろ。くれぐれも怒らせないようにしろよ?忠告だからな」
 リカントは脇に言葉を吐き捨てた。
「ふざけんな!」
 わざとらしくポップは片手を口元にあてた。
「兄貴!こいつ、やっちゃってください!」
 なんと答えればいいだろうか?一拍ほど考えて、のそっとヒュンケルは動いてみた。
「心得た」
 ポップが驚きのあまり青ざめて目をむき、マァムは口と腹を抱えて必死で笑いをこらえている。
 だが肝心のリカントはちっと舌打ちをすると、踵を返した。
「覚えてろよ!」